ポチッとお願いします! トップへ戻る




前へ      GalleryTop      次へ




白河甚平の連載小説@

【ドタバタ 新米刑事とベテラン刑事】(※完結)












* story *

新米刑事は新米のせいかいつもおっちょこちょいので、 
ベテラン刑事をつけました。いつも新米刑事をみて呆れる所が 
たまにあるベテラン刑事ですが、後輩をとても大事にする刑事です。 





* story *

ベテラン刑事は長官に呼ばれました。 
なんと、新米刑事がまたとんでもないことをしでかしたようです。 
びっくりして、顎がはずれかけました。 





* story *

新米刑事は、お昼になるといつも外に出て、
白河商店という弁当屋さんに海苔弁当を買いに行きます。 
今日はその帰り道、公園の中で男性が倒れているのを発見しました。 
呼びかけても返事はありません。
首筋の動脈を探ろうと手を当てると、 
脈を測るまでもなく完全に冷たくなっておりました。 
彼は110番通報をしてから、自分の部署に死体を発見したことを報告し、 
これから何をすればいいかの指示を受けました。 
とりあえずすべきことは、現場の保存をしながら応援を待つことです。 





* story *

取るに足らない小さな事件でも、 
終わってしまえばしばらくは何もない平和な街。 
事件など起こらない方がいい。平和が何よりも一番なんだから。 

久しぶりに、新米刑事とベテラン刑事が 
二人そろって昼食にホットドッグをたべていた。 
ベテラン刑事はホットドッグが好物のようで、 
あっという間に一本たいらげて、いつのまにかもう7本目。 
新米刑事がまだ一かじりしかしていないのを見て首を傾げて彼を見る。

「おい、どうした、腹の具合でも悪いのか。 
 ちゃんと食わないと後で腹が減って 
 仕事がまともにできねーぞ」 

「先輩、僕食欲がありません・・・」 

「なんだ、何か悩みでもあるのか。 
 まだ若いのに食欲なくすほど悩んでどうする」 

「若いから悩むんです!」 

新米刑事の言葉に、こりゃ放っておかなきゃしかたがないといった 
顔をして、ベテラン刑事は無言になった。 

数分して新米刑事の口が開く。 

「先輩、聞いて頂きたい事が・・・」 

とても言いにくそうだ。 

「ん、なんだ?なんだよ、早く言え」 

ベテラン刑事は心配そうな顔で新米刑事を見ている。 

「・・実は・・」





* story *

「先輩、実はずっと気になる女性がいるんです」

もじもじしながら新米はベテランに打ち明けた。 
それを聞いたベテランは少し、呆れる。 

「・・おまえ、シリアスな顔をしながら言うなよっ。
 もっと深刻な話しかと思ったじゃねぇーか!」

「あっ、あはっ」 

と新米は苦笑いを見せた。 


「で、どんな女性なんだ?言ってみろよ」 

「丁度、写真を持っているんですよ。
 ずっと前に、みんなで旅行したときに僕とその人と二人で
 撮った写真ですけど・・」 

と話しながら定期入れの中から一枚の写真を取り出して見せる。
 
「あぁ、同僚かぁ!婦警だな?
 ふぅーん、おまえが好きな人がこれかぁ・・」 

ベテランはニヤニヤしながら新米刑事をチラっと見る。 

「いっ、いやぁ・・っ。好きというかなんというかっ! 
 憧れているだけですよっ!先輩ですし!!」 

と強く言うが、新米は顔を湯気があがるくらいに真っ赤にして 
いたのでベテランはすぐに好きだという事がわかった。 

「にっひひひひ。俺が恋のキューピッドになってやろうか」 

「い、いいですよ!ただ、先輩に打ち明けたかっただけですから。 
 それよりも早く返してくださいよぉ、写真!」 

と言ってベテランから写真をひったくった。 

ベテラン刑事は何が嬉しいかまだニヤニヤとしている。 
新米刑事の恋はまだまだつづくのであった。



 

* story *
この二人は、花牟禮(はなむら)警察本部の新米とベテラン刑事である。 
いつもの通りにデスクの前に座って仕事をしていると、 
新米君が、んー・・と言って両手を伸ばし 
体を反らせた後椅子から立ち上がり、ベテラン刑事の側に行った。 

「先輩、飲み物を買いに行きますが、何飲みますか」 

相変わらず元気にハキハキと話す新米君。 

「おぅ。俺がいつも飲んでる缶コーヒー頼む」
 
と言いながらベテラン刑事が小銭を出した。 

新米君が部屋から出て行くと、 
ベテラン刑事はまた書類に目を通し始める。 
仕事に没頭し過ぎて忘れていたが、 
出て行ったきり新米君が帰って来ない。 
壁にかかっている時計をみると、あれからもう15分は経っている。 

「あの野郎飲み物を買うだけだってぇーのに何してんだ?」 

よっこらしょと立ちあがったベテラン刑事は、 
ちょっと心配になり新米君の様子を見に行くことにした。 
廊下を歩いて行くと前方に新米君が背中を向けて立っている。 
ベテラン刑事はソローリ・・と近づき、新米君の背中越しに 

「おい、なにしてんだよ?」といきなり声を掛ける。 

「うわぁ!!」 

びっくりしたのか新米君は奇声をあげて振り向いた。 

ベテラン刑事は新米君が見ていた方向に目を遣ってニンマリ笑い、 

「ははぁ〜ん、例の彼女があそこにいる。 
 それでおまえは、この長い時間仕事をサボリ 
 アレをずっと見つめていたという訳だ」 

ベテラン刑事がわざと意地悪く言うと、 
新米君の顔が真っ赤に沸騰した。 

「じれったい奴だなあ、何だったら協力するぞ?」 

「いっ、いえいいんです。ほっといてください!」 

新米君が悲鳴を上げた。



 

* story *

捜査第一課に所属しているベテラン刑事の剛田(ごうだ)が、
突然、新米刑事の新川(あらかわ)に耳打ちした。
「あのな良いものがあるんだよ」と言って謎のウインクをする。
そして「おーい、井澄!」といきなり井澄(いすみ)刑事を呼んだ。
書類の整理をしていた井澄は、剛田に呼ばれて
「はい」と返事して立ち上がった。
新川は彼女が近付いて来るのを見て、
心臓がバクバクと口から飛び出んばかりになっており、顔も真っ赤だ。
井澄は新川が片思いしている相手なのである。

「何でしょう、剛田刑事」

と剛田の側にやって来た彼女が聞いた。

「いやあ・・・遊園地の前売り券を持っているんだけどさ、
 おまえら一緒に行かねぇか?」
井澄に2枚の券をピラピラさせながら見せると
彼女はビックリしたように目を見開いた。

「え、どなたと一緒に行くんですか?」

「もちろんコイツだ」と剛田が横を向き、新川を顎で指す。

「ちょ、ちょっと、先輩!そんな強引な。井澄刑事困ってますよ。
 僕と二人だなんて・・・ねえ、井澄刑事」

井澄は不思議な顔で首をちょっと横に傾けた。
剛田の真意を図りかねているようだ。
新川はもう顔が大沸騰しており、何か言おうと口をパクパクさせているが声が出ない。

「慌てちゃいけねえ、俺も一緒だ」

と言って剛田はポケットの中からもう1枚の券を取り出した。

「まぁ、もちろんご一緒させてください嬉しいです」

(何だ井澄さんと二人きりじゃなかったんだ・・・
でも彼女と一緒に遊園地に行けるなんて夢みたいだ、
先輩!ありがとうございます!!)

新川は心の中で剛田に感謝していた。





* story *

いよいよ、新川刑事が想いを寄せていた井澄刑事と遊園地に行く約束の日がやって来た。
もちろん、先輩の剛田刑事も一緒だ。
二人きりではないものの夢にまで見た彼女とのデート、
新川は一人ニヤけて目をトロンとさせている。

(あぁ・・彼女と一緒にメリーゴーランド・・・
「新川君このアイス一人じゃ食べきれないから一緒に食べてぇ」
それから幽霊屋敷で彼女がキャー、僕がギュッ
「大丈夫、僕にしがみついていたまえ!」なんちゃって・・・ウフフ)

「オイ新米、何を一人でブツブツ言ってんだ。
あん?熱でもあるんじゃねえか顔が赤いぞ大丈夫か?」

と剛田刑事が心配そうに新川の顔を覗きこむ。

「えっ、全然大丈夫っすよ!」

新川は邪(よこし)まな想像を剛田に気づかれまいと、
慌てて顔の前で手を振りまくる。

「ならいいんだけどよ、おいっ頑張れよ」

剛田はニヤリと笑って新川の脇腹を軽くこ突いた。
剛田は新川と井澄刑事を何とかくっつけてやろうと思っているのだ。

「あたし、遊園地なんて久し振りです。ありがとうございます」

と井澄刑事は100%のスマイルを見せた。

(うわぁ〜・・僕、彼女の笑顔にやられそう)

新川は目にハートを作って体はフニャフニャだ。
今日の彼女の服装は花をイメージとした組み合わせで
少し薄めのピンクのジャケットに爽やかな緑色のひだつきスカート。
マロン系の編み上げブーツを履いている。

「い、井澄さん、制服ももちろん似合ってるけど、私服もいいなあ」

思わず新川の声が上ずる。

「うふっ、ありがとう」井澄は喜び、目をキラキラと輝かせながら
さらに120%の微笑みを新川に投げる。

(ぼ・・ぼかぁいつ死んでもいい〜)新川の意識は天国へ。
そんな二人を見て剛田はとても嬉しそうだ。

「さて、まずはどれに乗ろうか?」

剛田は辺りを見回し、

「ここは一発レディファーストで行こう。井澄が決めろよ」

「わぁ、本当ですか?それじゃあ、お言葉に甘えて・・・
うーん、どれがいいかな・・・」

顎に人差し指を当てて井澄は考えている。

(やっぱメリーゴーランドだろ?)と心の中で新川は願う。 

「あっ、あれがいいです!」と井澄が指を指す。

「おぉ!やっぱりメリーゴーランド」と新川は喜ぶ。

「いえ・・、その隣にあるジェットコースターに乗りたいです」

(ガーン!!なにぃ?!僕はジェットコースターが大の苦手なんだよぉ!!)

メルヘンチックな音楽が鳴って、
親子やカップルが楽しそうに馬に乗って回っているメリーゴーランドの隣には、
いまいましいジェットコースターが悪魔の叫び声を上げながら物凄い速さで飛び回っていた。
乗客達の悲鳴が聞こえてくる。
出口から出た男性客が顔を真っ青にさせ、
近くにある草むらの上でゲェー!と嘔吐をするのを見て、新川の心は地獄に落ちた。

「お!おもしろそうだな。よし、あれから乗ってみよう」

「そ、そうですね(あぁ〜・・どうしよう・・・ジェットコースターか よ、恐くてチビリそうだよ)」

「新川さん、大丈夫?顔色が悪いわよ」

と井澄が心配そうに顔を覗き込む。
「へっ、平気さ。実は僕はスピード狂なのさ!」新川の声が裏返る。
剛田は心配になり、井澄に気づかれないように新川に近付いた。

「おめぇ、大丈夫かよ。ジェットコースターは苦手なのか?」

そっと耳打ちする剛田。

「彼女がジェットコースターが好きなら僕も好きになります。
こんな機会をわざわざ作ってくれた先輩にも悪いですしね」

と顔を引きつらせながら作り笑いをみせ、ブイサインを剛田に見せた。
やれやれ・・と呆れた顔をしながらも剛田の足が重くなる。

行列の最後尾に3人が並び、10分ほどしてからジェットコースターに乗る番がやってきた。
新川にとっては地獄行きの特別列車に見える。
車体はホラー映画に出てくるようなモンスターのデザインで乗るところのシートが
内臓のような赤い色で気味悪さを醸し出していた。

(うぅっ・・・生きて帰れるんだろうか・・・)

足がすくみ、新川の全身が恐怖に震える。

「お客さん、早く乗ってください!」

係員が困った顔で新川に言う。

「新川さん、こっちに座って」先に乗った井澄が手招きして呼んでいる。

(こりゃあ、天国と地獄だなぁ)

根性を決めた新川は彼女の隣に座った。


ギー・・・ガッシャン!


後ろから延びてきた保護器具でガッチリと肩を固定された。

(ひやぁぁ〜お、恐ろしい!!)「発車しまーす!」

新川の悲鳴はアナウンスの声でかき消された。

ガタン・・・と車輪が少し後ろにグラッと傾いた。

(あぁ〜神様ぁ、仏様ぁ!!!)

目を硬くつぶり、心の中で必死に祈りながらガードを握り締める。

ガタン・・(あれぇ、止まった?)

ゴォーッ!
次の瞬間、車体はフルスピードで地獄へ向かって走り出した。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー・・・・・」





* story *

新川刑事達が乗ったジェットコースターは、
あちこちの遊園地で絶叫マシンを乗りこなして来た客でもビビリ上がるという、
ワイガヤ遊園地自慢の超恐い乗り物だった。
意識がぶっ飛ぶ急カーブに、回転する速度も半端ではない。
やっとゴールに到着して、まだ興奮冷めやらぬ井澄刑事が瞳をキラキラさせて隣の新川を見た時、
新川は口から白い泡をぶくぶく吹き出して、白目を剥いて悶絶していた。

「きゃっ!新川くん大丈夫?!」

井澄は叫びながら新川の体を揺さぶった。

「やれやれ・・だから言わんこっちゃない」

剛田が後ろの席から首を出し呆れた顔でつぶやいた。
只事では無い状況に気がついた係員が駆けつけて来て、他の乗客達も新川の顔を見て
「大変だ!」「死んだらしいぞ」などと口々に勝手な憶測で叫んだものだから、
黒山の人だかりが出来て一時蒼然となったが、
只の気絶と分かると哀れみを込めた笑いを残してみんな去っていった。

「お客さん、今度から苦手な乗り物には気をつけてくださいね」

最後に係員がブスッとした声で言いながら、
新川が剛田と井澄に両脇から抱きかかえられて去って行くのを冷たい目で見ていた。

「おい、新米!しっかりしろ」剛田が声を掛けた。
新川はまだ口から泡を吹いている。

「しゃーねー奴だな、オンブしてやるよ」

井澄に手を貸してもらい、剛田は新川を背負った。

「ん・・んん」

新川は木の下のベンチでやっと目が覚めた。

「新川くん、大丈夫?」井澄が心配そうに覗き込む。

「おまえ、無理して乗るからだぞ。このアホ!
 井澄はな、ずっとおまえを心配していたぞ」

剛田に怒鳴られながらも、
井澄が心配してくれたと言う事が嬉しかった。

「お茶を買ってきたけど飲む?」

「ありがとう、井澄さん」

新川はまだ吐き気が残っており、本当は何も飲みたくなかったのだが
せっかくの井澄の心遣いを無駄にしてはと思い、有難く頂いた。

新川がお茶を飲んでいるのを見て井澄も剛田も安心したようだ。

「俺、冷たいものが食べたくなったから売店でアイスクリームでも買って来るよ。井澄もどうだ?」

井澄は人差し指を口に軽くあてながら、う〜ん・・と考えていたが

「今は食べたくありません。ありがとうございます」と言った。

「僕もいりましぇ〜ん・・・・・うぷっ」

新川は片手で口を押さえている。

「お前は食えなくて当たり前だ、じゃ俺だけちょっと行って来るよ」

剛田は売店に向かって歩いて行った。





* story *

「待たせたな。売店が混んでてよ、遅くなっちまった」

剛田が、買ったアイスクリームを右手に小走りで戻って来た。
新川の右に、ベンチを軋しませドカリと座る。

「先輩〜せっかく買ったアイスクリームが落ちちゃいますよぉ〜」

新川は、笑いながら剛田が持っているアイスクリームを指差した。
後に続いて井澄もくすくすと笑う。

「うっせい!おめえみたいなおっちょこちょいに言われたかねーよ」

剛田はアイスにバクバクとかぶりつきながら横目で新川を睨んでいる。

「フフッ、井澄さぁん先輩ったら子供みたいでしょ?」

新川がニコニコ笑いながら井澄に言うと、井澄も両手で口を押さえながらクスクスと笑った。

「おいおい・・・んなこたねぇよ。変なことを言うなよ新米、井澄が誤
 解しちゃうだろがぁ。それよりもおまえ、体調はもう大丈夫なのか」

何気に剛田は新川の体を気遣っている。

「えぇ、嘘みたいに気分が良くなりました!
 井澄さんが心配してくれたおかげです」新川は頭をかきながら、チラッと井澄の顔を見た。

「あら、私だけじゃないでしょ、剛田さんも心配なさってましたよ」

と井澄は顔を少し赤くしながら下を向いてスカートのひだを両手でつかんでモジモジし始めた。

「そうか!良かったじゃねぇか(新米、今さっきのは結構良い線いってたぞ。
その調子でどんどん進んでいけ!
・・まぁ、おまえの体調が良くなったのは俺のおかげってことは忘れないで欲しいぜ・・)」

剛田は喜んでいる反面、どこか寂しい気持ちもあった。

しばらく3人は乗り物に乗らずにベンチに座って話をしていた。

「へぇ〜井澄さんはお菓子も作れるんだね、凄いや」

「うふふっ、今度お二人のために何か作って持って来ますね」

「わぁ〜楽しみだなぁ!」新川と井澄がお菓子の話で盛り上がっているとき、
アイスを食べ終わった剛田が「うっ!」と唸っていきなり腹を押さえて苦しみ出した。

「せっ、先輩!どうしたんですか」

「剛田さんっ大丈夫?」

びっくりした二人は立ち上がり、剛田の前にしゃがみ込んだ。

「うっ、うぅぅぅ・・腹が痛ェ」

「アイスがいけなかったのかしら」と井澄が心配そうに言う。

「僕、胃薬持っていますから飲んでください」

新川も、腹を抱えて苦しんでいる剛田に気が気でない。

「うぅ・・・ありがとさん。でも先にトイレに行って来るわ」

剛田はベンチに手をかけながら立ち上る。

「僕も一緒に行きましょうか?」

「馬鹿野郎、下痢に決まってるんだから一人で行かせろ。
俺は大丈夫だから気にせず二人で先に何か乗って遊んどいてくれ」

「いえ、剛田さんが戻って来るまでここで待ってます。
心配で乗り物なんて乗れやしません。ねえ、新川さん」と井澄が言い、

「そうですよ、井澄さんの言う通りです。
 戻って来るまで待ってますからね」と新川も頷く。

「そうか、二人ともありがとうよ。ほんじゃま、行って来るわ!」

剛田は腹を抱えながらトイレに向かってヨタヨタと走って行った。
しばらく待っていたが、剛田はなかなか戻って来ない。

「先輩、遅いなあ・・僕、だんだん心配になってきた」

「ええ、私も心配です」

その後二人は話すことも無くなり黙り込んでしまった。
こんな状況で2人きりになると何を話せばいいのかわからなくなる。
新川はリラックスして放り出していた足を、
今ではピシッと閉じて太ももの上にこぶしを置いて固まっている。

(あぁ〜何にも会話が無くなっちゃったよぉ!先輩早く戻ってきてぇ)

新川が頭の中で必死に剛田に助けを求めていたとき、井澄が沈黙をビリッと破った。

「新川くんと剛田さんって、仲がよろしいのですね」

いきなりだったので新川は驚き、ベンチからずり落ちそうになった。

「うわっ・・たはは、先輩はよく僕の面倒を見てくれるんですよ」

新川は気づかれないように素早く座りなおし、
いかにもリラックスしていますよと言わんばかりにベンチにもたれながら答えた。

「正直最初にお会いしたときには恐そうな人だなと思ったんですが、
 でも厳しい中に優しさがあって、まるで海のように広い心を持ってお
 られるんだなあって思うようになりました」

(海のような広い心・・・そうだ、先輩はいつも優しかった)

新川は晴れた空を見つめながら剛田とのいろいろな思い出をポツポツと井澄に語り始めていた。

「まぁ!新川さんて剛田さんのこと、まるでお兄さんのように思ってい
 らっしゃるんですね」

「はは、よくみんなからも言われるんだよ。おまえらは本当に兄弟みた
 いに仲がいいってね」新川は照れ臭そうに頭をかいて笑った。

「・・・羨ましい」

「え?」

新川は首を傾げ、少し寂しげな顔をした井澄を見た。

「私には、お兄さんに思える人どころか友達が無いんです」

「えぇ?嘘でしょ!君はいつも楽しくて明るい人なのに」

「私は小さいときから何故か友達が出来ないんです。理由は自分でもわ かりませんが」

遠い目をして、動く観覧車をぼんやり見ている井澄が、新川はたまらなく可哀相になった。

「君の良さをみんな知らないだけだよ。少なくても僕と先輩は君の友達
 だよ。君は明るくて優しくて思いやりのある素敵な人だ」

新川の優しさが胸にジンと沁み、嬉しさが込み上げて来る。
井澄は微笑みながら「ありがとう」と答えた。





「へへ〜ん、腹痛は真っ赤な嘘だよぉ〜ん。
 おまえと井澄をくっつけさせる作戦に決まっているだろうが」

剛田はべっと舌を出してから、
トイレには向かわず新川達の姿が良く見える植え込みの中に身を隠した。

「おぉ〜っ、いいムードだぜぇ〜・・・
 お!そこだ、そこぉ。ほら、もっとダイナミックに行け!!」

カモフラージュのつもりか、へし折った木の枝を両手に持って
ぶつぶつ独り言を言っている剛田は側を通る人達にとって怪しい人以外の何者でもない。

「ママ〜、あの人変」と子供が指を指す。

「見ちゃダメッ!」慌てた母親が子供の手を引っ張り逃げて行った。





* story *

「トイレが長いわね剛田さん、本当に大丈夫かしら?」

「うん、僕先輩の様子を見に行って来た方がいいのかな・・」

新川がそう言ってベンチから立ち上がりかけたとき、
3歳か4歳ぐらいの小さな男の子がフラフラとやって来るのが見えた。
顔が下向いていて遠くからでは分からなかったが
近くにつれて涙を腕で拭いているのが分かる。
きっと迷子だ、と二人は直感した。

「どうしたんだい、ボク?」

新川が子供の前にしゃがみ込み、優しく話しかけたが、
子供はエッエッとしゃくりあげているばかりで返事をしない。

「ボウヤ、迷子になっちゃったの?」

井澄が話しかけると、子供は泣きながら頷いた。

「今日は誰と一緒に来たのかな?」

新川が優しく子供の顔を見ながら聞くと、

「うっ、ひっ、ひっ・・・おっ、おかあっ・・さん」

子供はしゃくり上げながらそう言った。

「とりあえず場内アナウンスで、この子のお母さんに呼びかけてもらうように頼みましょう」

「よし、じゃあボク、お兄さん達と一緒に行こう!」


その頃剛田は相変わらず植え込みの中に隠れて様子を見ていた。

「なぁ〜んだか、ムードが変わったぞぉ?
 せっかく良い所だったってぇのに。しゃあねえなあ〜俺も行くか」

剛田はゴソゴソと植え込みから這い出してきた。

「あっ剛田さんを忘れていたわ、どうしましょう」

と井澄が思い出したように言った。

「あっ、そうだったね。じゃあ僕だけが・・」

と新川が言いかけた時に、オーイと言いながら剛田が戻って来た。

「あぁ、良かったわ剛田さん、お腹の調子はどうです?」

「先輩、トイレが長かったのでかなり心配していたんっすよ!」

井澄と新川が心配そうに話しかける。

「いや、大したことねぇよ。もう出るものも出たしな!がはは」

剛田は腰に手を当てて馬鹿笑いをする。

「うぅっ先輩井澄さんの前で・・・何てこと言うんですかぁ〜」

「わりぃわりぃ。それよりもこの子どうした、迷子なのか?」

剛田は泣いている子供の前にしゃがみ込みながら新川に聞く。

「そうなんですよ、今からこの子を連れてインフォメーションに行こうかと思ってたんです」

「迷子かぁ・・・」

剛田は可哀相になあと言いながら、子供の髪の毛を撫でてやった。





* story *

「坊や、大丈夫よ、お母さん絶対にみつかるからね」

「そうだよ、きっと今頃お母さんも君を探しているよ」

新川達は子供を励ましながらインフォメーションに向かった。
井澄はしゃくりあげて泣く子供の手をしっかりと握り締めてやっている。

「しかし、今日は休日だから混んでいるよなぁ・・
 こんなに人がいたら迷子になるのもあたりまえだぜ」

剛田は歩きながら辺りを見回した。

「まぁ先輩、とりあえずはインフォメーションです。
アナウンスでも流してくれれば親がすっ飛んで来ますよ」

「そうだな」と剛田が呟いたとたん、

「ママだぁ!」いきなり子供が嬉しそうな声をあげた。

井澄の上着を引っ張ってピョンピョン飛びながら向こう側を歩いている女性を指している。

「インフォメーションに行く必要がなかったですね」

井澄は新川を見て、肩をすくめて微笑んだ。
10Mほど向こうに母親らしき人物がいて、
その後ろにぴったりとくっつくようにして歩いている男性がいる。

「なんだ、お父さんも一緒だったんだね!」と新川が言うと、
子供が怪訝な顔をしてブンブンと首を横に振った。剛田は眉間に皺を寄せた。

「なあ、ボクあれは君のお父さんじゃないのか?」

と剛田が聞くと、子供は首を傾げて剛田を見上げ、

「知らないおじちゃんだよ」と答えた。

「知らない人・・・・?」とつぶやいて井澄と新川は顔を見合わせた。

男は全身黒ずくめで、キョロキョロとあちこちを窺うように見ながら母親を突つくようにして歩いており、
母親も非常に怯えているようだ。

「何か変だな・・・ん? 見ろよ、あの男のジャンパーの辺りを」

剛田は顔を強張らせ一点を凝視している。





* story *

黒の野球帽を被った男の手元に、怪しく光るものが見えた。
よく見るとそれはナイフのような物で、
人目を避けてジャンパーの裾で隠してはいるが、
切っ先はしっかりと子供の母親の背中に突きつけられている。
男に小突かれながら歩く母親の怯えが伝わって来て、
新川は握り締めてる手から汗がしたたるのを感じていた。

「大変だわ、あの人男に脅されている!」

井澄が小さく叫んだ。

「俺らが下手に出たら、捕まっている母親が危ないぜ・・・」

全く、これじゃあ日頃の仕事と変わらないじゃんかよぉ〜剛田は心の中で嘆いていた。

「ママ・・」

少年は不安な顔をして母親を見つめている。





* story *

「よしっ!俺に良い考えがある」

剛田の言葉に、
新川、井澄、剛田の作戦会議が始まった。

「・・・と言うことで、作戦開始!」

剛田の指令に新川と井澄は両足を揃え、敬礼をした。
三人とも完全に警官の職務に戻っている。
少年も胸を張って小さな手でピシッと敬礼をしたので井澄が笑い、
緊張していた空気が和らいだ。

が、その時、

「うらぁああああああ、近寄りやがったらこの女を殺すぞ!!」

通行人の誰かに気づかれたらしく、いきなり犯人が金切り声を上げた。
剛田が目で合図すると、井澄は少年を連れて藪の中に入り、
新川は犯人を取り囲んでいる人達の中に紛れ込んで行った。
剛田は一人犯人目掛けて歩いて行く。

「おい、お前ガキがいたな、ガキは何処だ?」

犯人は母親の耳元で息をゼイゼイさせながら聞いた。

「知らないっ、知っていても誰があんたになんか!」

母親は以外にも気が強く、ヒールの踵で力任せに男の足を踏んだ。

「痛ってぇえ!!何んてことしやがるんだ」

男は喚きながらナイフを母親の首にめり込ませた、
たちまち母親の首からスーッと細い血が流れ、
遠巻きで見ている群集の中から女性の悲鳴が上がった。

「おい、そこまでだ」

男の前に出た剛田は左手に警察手帳を持ち、右手に銃を構えている。

「お前、デカか・・・」

血走った目で、男は唇を舐めながら剛田を睨みつけた。

「そうだ、俺は警官だ。直ちに武器を捨て人質を解放しろ。
 さもなくば発砲するぞ!」

「けっ、やってみろよ。お前の弾が早いか、俺がこの女の首を掻き切るのが早いか試してみるか」

男は口元をニヤリと曲げた。

「どうしたんだ、引き金を引かないのか?」

少しでも動いたら、男は彼女の首にめり込ませたナイフを横に引くだろう。
剛田の額に汗が滲む。

「じゃあ、こうしよう。おれが代わりに人質になる」

剛田の提案に男は鼻でせせら笑った。

「俺はこの女に用があるんだよ。
 おめえと交換だなんてやなこった。それよりさっさと拳銃を寄こしやがれ。
 俺の足元にゆっくり投げて寄こすんだ」

母親の顔にサッと恐怖の色が浮かんだ。
ナイフだけじゃなく、拳銃まで手に入れたらこの男は何をするか分からない。
拳銃だけは渡さないでと彼女の目が剛田に言っていた。
しかし剛田は、あっさりと銃を男の足元目掛けて放り投げた。
銃は男の足から少し離れた所に着地した。

「おいおい、コントロールが悪すぎるぜ」

男はチッと舌打ちしながら母親を抱きかかえるようにして銃に近づき、
「おい、しゃがんで拾え」と母親に命令した。

母親は男の言う通りしゃがんだが、いきなり銃をつかんで投げた。
地面の上を滑るように銃が飛んで行く。

「ゲッ、このアマ何をしやがる!」

男が母親の首をつかんだとたん、


どぉおおおおおおん!!!!!!


「うわぁああああああ!だっ誰だ!!」

新川が後ろからタックルをかまし、男と一緒に地面に叩きつけられるように倒れて行った。
その隙に井澄が駆け寄り母親の手を引き遠くに逃げる。
男は死に物狂いで暴れたが、新川と剛田に取り押さえられ、後ろ手に手錠を掛けられた。

「ママ!」

木の陰に隠れて待っていた少年が母親目掛けて走って来る。

「誠!」

母親は我が子をしっかりと抱きしめた。





* story *

剛田は犯人に手錠をかけて男を見張るよう新川に頼んでから、
ポケットから携帯を取り出し警察に電話をした。
犯人は諦めたのか抵抗もせず、
遠い目で晴れた空をじっと見つめている。
逃げ出すチャンスを窺っているのかもしれないので、
電話を終えた剛田と新川は犯人をずっと見張り続けていた。
彼らから少し離れた所で井澄は、親子を落ち着かせていた。
遠巻きにしてパトカーが来るのを待っている人もいれば、
何事もなかったような顔をして乗り物に乗り始める人もいる。
結局人々にとっては、今さっきまで起っていたことは
ただの話しのネタで終わるんだろうなと思い、
新川は溜め息をつく。
やがて電話をしてから10分も経たない内に
パトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。
事情聴取のために連れて行く母子に井澄が付き添い、
別のパトカーに剛田と新川が犯人と一緒に乗り込んだ。
一行は花牟禮(はなむら)警察署へと向かう。


(取調室)

花牟禮(はなむら)警察署に到着した剛田と新川は、
犯人を連れて取調室に入った。
別室では井澄が母子の事情聴取に当たっている。
どこの取調室も同じだが、狭く殺風景な部屋だ。
ドアから見ると真ん中に簡素な机と椅子が二つあり、
ドアの近くに一人用の小机と椅子がある。
真ん中には剛田と犯人が向かい合わせで座り、
新川はもう一つの机で書記を務める。
犯人の目の前に首が自在に曲がるスタンドがあり、
これは容疑者にとって自白させる為の拷問具に変わる。
テレビの刑事ドラマにも出てくるが、
自白させる為にスタンドの明かりを容疑者の顔に向けるのだ。
スタンドの電球はとても熱く火傷しそうになる。
机の後ろには鉄格子のついた小さな正方形の窓があり、
オレンジ色の西日がガラス越しに机を照らしている。





* story *

署の近くに線路があるので、一定の間隔を置き、 
日に何度もゴトンゴトンと 
電車の走る音が聞こえて来る。 
取調べ室の窓から見えているのは 
昔から変わらない民家の風景と山の景色。 
その風景は剛田の子供の頃から変わらない。 
剛田は犯人の向かいに座り、 
新川はドア近くの机で書記を勤めていた。 

窓に背を向けて座っている犯人は、 
今では聞かれたことのみ答えるだけで 
口数も少なく、 
嘘のようにおとなしくなっている。 

新川は犯人の供述を分厚いノートに書きながら 
チラチラと犯人の様子を窺っていた。 

男の名は石川時男(ときお)、 
年齢は25歳のフリーターで今回が初犯。 
誠くんの母親を襲った理由として、 
幼い頃から母親に受けていた虐待を挙げた。 
彼は幼少の頃に父親を病気で亡くし 
母子家庭で育ったが、アル中になった母親から 
酷い虐待を受けていたと言う。 

「で、母ちゃんは今どうしているんだ?」 

剛田の問いに時男は顔をしかめ、 

「酒の飲み過ぎで肝臓をやられて、 
 去年死んだよ」とボソッと答えた。 

「それは気の毒なことだったな」と剛田が言うと、 
時男はケッと吐き捨てるような声を出し 
横を向いてしまった。 

「石川、こっちを向けよ。 
 お前の母ちゃんがアル中だったからと言って 
 何で関係の無いあの母親を狙ったんだ?  
 分かるように説明をしてくれないか」 

新川もそのことに興味があったので手を止めて、 
じっと時男を見つめていた。 
自分の母親に恨みがあったからと言って 
何で関係の無いあの母子を狙う。 
窓から入って来る西日が時男の背中にあたり、 
顔が暗くなってしまって時男の表情が分からない。 
剛田はスタンドの灯りを点けて時男の顔に向けた。 
時男は腕で顔を覆い、 

「何をする、眩しいじゃねえか」と怒った。 

「すまんすまん、 
 お前の顔が良く見えなかったからな」 

剛田はスタンドの頭を少し下げ、また聞いた。 

「で、何であの母子を襲ったんだ?」 

時男は机の上で両手を組み、 

「俺のお袋の職業って何だと思う?」 

と剛田の顔を見つめて聞いた。 

「そんな言い方をするところを見たら、 
 特殊な職業かな」 

剛田がサラリと答えると、 

「特殊かと聞かれたら 
 そんなに特殊でもねえかも知れないが、 
 まあ子供にゃ衝撃の職業さ」 

時男は嘲笑して肩をすくめた。 

「ほぉ、衝撃の職業っていったい何なんだ?」 

剛田の問いに時男は目を細め、 

「ホステスさ」と言った。





* story *

とたんに剛田の頬が緩み、優しい声で、 

「ホステスをなさっていたのか、 
 女手一つでお前を育てるのは 
 並大抵の苦労じゃなかったろうな」と言った。 

剛田が母親のことを褒めたのが気に入らなかったのか、 
時男は机に身を乗り出し、 
剛田につかみかからんばかりになった。
新川が立ち上がる素振りを見せたので、 
剛田は手で止め、 

「まあ、落ち着け。でないと公務執行妨害で 
 あそこの刑事さんに逮捕されちまうぜ」とニンマリ笑った。

時男はチラッと新川を見ると慌てて椅子に座り直し、 
また話し始めた。 

「お袋が俺の為に苦労をして来ただと?  
 ふん、俺にとっちゃ臭せえババアとしてしか 
 思い出がねえんだよ。 
 あいつはどうしようもない淫売野郎だ」

それを聞いて剛田は、苦々しい顔になったが 
気を取り直しまた同じことを時男に聞いた。 

「で、何で赤の他人の母親を襲ったんだ?」 

剛田は顔にこそ出してはいないが、 
相当怒っているなと新川は感じていた。 
新川もさっきから 
時男の言葉や態度にムカムカしている。 
時男は急におどけたような声で、

「はいはい〜これからそれを言う所ですよ、 
 まぁそう焦んなって。 
 お袋がホステスだった為に俺の毎日は地獄だった。 
 香水の臭せえ臭いをまき散らしているから 
 俺は香水を全部便所に流してやったんだ。 
 そしたら腰紐でグルグル巻きにされて逆さ吊りの折檻よ。 
 やれ、寝ションベン垂れたから、口応えしたからって 
 言いがかりをつけては飯を抜きやがる。 
 お陰で俺は体中、傷だらけで 
 栄養不良のガリガリのガキになったんだ。 
 近所の連中に見られて通報されてしまった為に 
 民生委員とか何かが役所の人を連れて来てよ、 
 俺を施設に入れようとしたんだが、 
 ババアは自分の子に何をしようと 
 お前らには関係ないって追い返したんだ。 
 今から思えば逃げてでも施設に入っときゃ良かったよ。 
 小学校に入った時から苛めが始まり、 
 家と学校の両方が地獄だったよ。 
 あっそうそうあいつが客を家に連れ込む時は 
 俺りゃあ家から追い出されるんだ。 
 真冬の寒さで死に掛けたこともあったなあ・・・ 
 家出を考えたが金もねぇし、 
 死のうと思っても死ねない。 
 ホント毎日が地獄だったよ」 

いつの間にか時男の顔から笑いが消えている。





* story *

新川も意外な展開に驚いたようだ。 

「彼女もホステスか・・・」

剛田は溜息をついた。 

「そうだ、ホステスなんて汚らわしい職業の女は 
 みんな死ねばいい。 
 俺は世の中の汚れた雌豚どもを抹殺してやるんだ。 
 それが俺のお袋に対するプレゼントなんだよ」 

時男は上体をのけ反らせ、 
おもしろそうに笑い始めた。 

「そんな事をして何になるんだ。 
 風俗に働いている女性がみんなお前の母親と 
 同じだとでも思っているのか。 
 だいたい、お前の話しを聞く限り、 
 悪いのはひがみ根性を持ったお前であって 
 お袋さんに罪は無いぞ。逆恨みも大概にしろよ」 

剛田の声が怒りのあまりに震えている。 
  
「どいつもこいつも女って野郎は皆同じで最低さ。 
 特にホステスは色と欲しかありゃしないのさ。 
 刑事さん、最近のニュースで 
 小学生の子を持つ母親が 
 我が子に殴ったり蹴ったりの虐待を加え、 
 飯も食わさず餓死をさせようとしたのを見たよ。 
 最低の母親だな、あんなやつ死刑にしてやりゃいいのさ。 
 あのニュースを観た時も痛快な気持ちになったなぁ。 
 最も俺の方が酷い暴力だったけど? 
 母親殺しの事件は賛成するぜ。 
 いらない母親は皆消せば世の中のためになるもんよ! 
 俺は良い事をしようとしたんだ、 
 逮捕さえされなかったら 
 俺はバンバン不良ババア達を殺しまくり、 
 正義の味方になっていた筈なのになぁ!!」 

剛田の止めも間に合わず、 
怒りが頂点に達した新川が 
いきなり時男に踊りかかり 
何度も頭突きを食らわし始める。 
ガハッ!と口から血泡を吹き出し 
時男は椅子ごと後ろに倒れて行った。 

「ふざけんなぁあ!お前はただの殺人鬼だ。 
 自分に何処まで甘えれば気が済むんだ。 
 あの人はたとえ自分は殺されても、 
 我が子だけは守ろうと思っていたんだ。 
 母親とはそういうものだ。 
 お前の母親も多分お前のことを 
 大事に思っていたに違いない、 
 お前はただ寂しかったから、 
 グレていただけなんだ。 
 そんなことも分からないお前は大馬鹿者だ!」 

新川は肩で大きく呼吸をして、 
床の上で伸びている時男に向かって叫んでいた。 

「新川、もういい・・・」 

剛田はそっと新川の肩に手を置いた。





* story *
母親誘拐事件を解決し、署内は何事もなかったように落ち着いた。 

剛田達一課の刑事達は、難解な大事件に取り組むのに慣れているから、 
今回みたいな世の中を甘く見すぎた犯人が犯した事件など 
実に簡単なものだった。 
しかし、事件そのものは解決できたとしても、 
犯人の心の闇まではなかなか解決できるものではない。 

だから昨日の取調室でも、一瞬頭がカッと熱くなりはしたものの、 
冷静を心がけ、剛田は時男に尋問をし続けていた。 

しかし、新川はまだ慣れておらず、感情を露にしてしまい 
怒りのあまりに、頭突きの一発を時男におみまいしてしまった。 
新川は今、己の未熟さをしみじみ噛みしめている。 

事件から数日経ち、新川は誰もいない休憩室で熱い缶コーヒーを買い、椅子に座った。 
窓の外に粉雪が降っているのが見える。 
過去の事件ファイルや容疑者リストなどの書類整理をしているうちに、 
指先が氷のように冷えてきってしまった。 
温かい缶コーヒーを両手で包み込んでいると、 
指がジンジンと心地よく痺れてくる。 

「雪が強くなってきたなあ・・・」 

新川は缶を握ったまま、窓の外をみつめて呟いた。 

「こんなところで雪の鑑賞か?」 

「わっ!」 

耳元でいきなり野太い声がしたので驚いた。 
肩のところから剛田の顔がヌッと現れる。 

「せ、先輩〜驚かさないでくださいよ」 

新川はボォ〜としていたので、気配すらも感じ取れなかったのだ。 

「お前が部屋を出るときの様子がおかしかったから、後ろからついてきたんだ。 
 何回も話しかけたのに、全然 反応がないし、 
 せっかく買ったコーヒーも飲まねえし、いったいどうしたってんだよ」 
  
剛田は新川の向かいの椅子に両足を広げたまま、ドカッと腰を下ろした。 

「そうだったんですか、ご心配かけてすいません。 
 後ろからついて来てただなんて全然気づかなかったなぁ、アハハ〜」
 
新川は頭をかいてごまかそうとしたが、 
一瞬剛田と目が合いすっと目線を横にずらしてしまった。 
長年の勘で剛田にはごまかしが通じない。 
新川がいくら剛田の目を避けようとしても追いまくった。 
根負けした新川は目を泳がすのを止め、俯いてしまう。 

二人きりなので休憩室がだだっ広く感じる。 
この時間はほとんど人が来ないし、各部屋から離れているので音もない。 
静寂のときが訪れ、剛田がこれはいけないと思い始めた頃、 
新川が重い口を開いた。 

「先輩、昨日はすいませんでした。つい取り乱してしまい、 
 取調べの邪魔をしてしまいました」 

「・・新川」 

あぁ、昨日のことをまだ気にしていたのかと剛田は思った。 
新川が話しを続ける。 

「こんな自分が情けないです。刑事はいつも冷静でいなくちゃいけないのに。 
 僕は刑事として失格です。いつも先輩と行動をしていて思うのですが、 
 先輩はどんなときでも落ち着いて指示をだしておられます。 
 それなのに僕は、まだ未熟だからか、すぐに焦るしそそっかしいので、失敗してばかりだ。
 僕は先輩のことを尊敬しているんですが、自分に対しては落ち込むばかりです」

新川は剛田の顔を見て、情けない顔をして笑った。 
他の同僚たちにはいつも、尊敬する人は先輩だといっているが、
本人の前で言うのは初めてなのでポッと顔が赤くなった。
しかし、それは剛田も同じで、目の前でこうまで言われたら、嬉しいけれど気恥ずかしい。
彼はジャケットのポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。 

「俺も新米だった頃はよくおまえみたいに怒ったもんだ・・・」 

「え?先輩もそうだったんですか」 

彼は新川の返事に答えず遠い目をしてそのまま話し続ける。 

「世の中ってのは間違ったことばかりだ。親が子を殺し、子が親を殺す。 
 学校や会社が自分に良くしてくれないからと言って、妙な恨みを持つ。 
 こりゃ人間の心の弱さなるゆえんなんだろうけど、 
 根本的に間違っているから、道理にはいかない腐りきった世の中なんだよ。 
 まったく、始末に終えないねぇ・・。 
 刑事稼業が思ったように上手くできないもんだから、 
 昔は俺もお前のように、地団太踏んであがいていたよ。 
 でも、そのうちにだんだんコツというものが掴めてきてな、 
 物事を落ち着いてじっくり観察できるようになると、 
 見えてくるんだよ真実が。 
 解決をしなくちゃならねえ立場の自分が感情的になってしまったら、 
 何にも解決できねえからなあ・・・つまるところ冷静になれってことよ」 

剛田の言葉は新川の胸にしみた。 

「若いうちに悩むってことは決して無駄なことではないさ。 
 沢山悩んだり落ち込んだりするということも、 
 答えを早く見つけられる方法でもあるからな。 
 けどな、おまえに落ち込まれると 
 俺も一緒に落ち込んでしまうんだ。 
 職場にはおまえのような明るい存在が必要なんだよ。 
 だから元気をだせっ、もっと気楽に行こう!」 

剛田はポンッと新川の肩を軽く叩いた。 

「先輩アドバイスを沢山いただきありがとうございます! 
 とても気持ちが楽になりました」 

新川は剛田の心遣いが嬉しくて、思わず涙ぐんでしまっていた。 
剛田は彼が涙を袖で拭っているのを、温かい目で見守っている。 

「あらあ! お二人とも、ここにいらしたんですね?」 

いきなり聞き覚えのあるトーンの高い声が後ろから聞こえてきた。 
井澄さんだ・・・ 
いきなりシャキンと新川の頭が、感動モードからラブモードに切り替わる。 
新川は嬉しそうな顔で振り向いた。 
こちらに向かって歩いて来るのはやはり井澄で、 
新川は泣いた顔を見られるのが恥ずかしい。 
それを見て面白そうにニヤニヤと笑う剛田。 

「新川くん、剛田さん、今回の事件はお疲れ様でした。 
 新川くん頑張ったわね」 

「えぇ?!いっ、いっ、いふみはん?」 

思いがけない言葉に彼は耳たぶまでも真っ赤にしてあたふたしている。 

そんな彼を面白そうに見て、井澄は肩を揺らしてくすくす笑いだす。 

「あ・・・井澄さん、僕達に何か用事があったのでは?」 

新川が照れを隠そうとして聞いた。 

「あ、そうだった。あのね、せっかくの遊園地だったのに 
 今回はあんなことになっちゃって残念だったでしょう? 
 だから、もう一度一緒に行かないかなあって誘いたかったんですよ」 

井澄が手を後ろに組みながらリズミカルに体を横に揺らす。 

「(ゲッまたジェットコースターに乗るのか・・・) 
 あはは、もちろんいいよ、また三人で楽しもうね!」 

言葉では明るく言っているが新川の目は死んだ魚みたいになっおり、 
剛田が憐れみを浮かべた目で新川を見ている。 

「う〜ん・・」 

井澄は少し困った顔をした。 
「どうしたんだ、井澄?」剛田が聞いた。 
彼女がいきなりモジモジとしだす。 

「剛田さん、すみません。今度は新川くんと二人で行きたいんです・・」 

井澄の声がだんだん小さくなり、頬が淡いピンク色に染まった。 
彼女なりに勇気を振り絞って言った感じだ。 
一瞬剛田は目が点になったが、 
やがて嬉しそうに「ひゅ〜」と口を鳴らせて二人を見た。 

新川はまだ我が耳を疑っているみたいな顔をしている。 
信じられない、きっと夢を見ているんだと思って 
頬を強くつねった瞬間、鋭い痛みに顔が歪んだ。 
痛い・・・と、いうことは、これは夢ではない。 
今やジェットコースターの不安も消し飛んで、 
新川の目の中には無数の星が散らばり、キンキラキンに瞬いた。 

「やっ、やったぁぁあ!」 

我を忘れて新川が、椅子から立ち上がってスキップをし始める。 

「このぉ、色男め。おまえも隅におけないな!」 

剛田も立ち上がって新川を追いかけまわし、髪の毛を揉むようにしてくしゃくしゃにする。 

「ちょっ、先輩。痛いですよ」 

「よかったな、よかったなぁ!」 

と何度も言って剛田は心から喜んでいた。 

「うふふ、二人とも仲が良くて、まるでご兄弟みたい。あたしも混ぜてくださぁ〜い」 

井澄も二人の側に飛んで行く。 

これからこの三人はどうなるか? 
三人の愛と友情の刑事物語はまだまだ続くのである。





前へ      GalleryTop      次へ






トップへ戻る







Copyright(c)2006 HiguchiHiroko/ShirakawaJinbei. All copyright reserved